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中國旅行記(10)~タクシー~

(2010-06-10 05:29:27) 下一個
 
 上海でのこと。烏鎮行きの高速列車に乘るため、朝早くホテルの部屋を出た。フロントでチェックアウトの手続きをしていると、車のキーをチャラチャラさせながらロビーをうろついていた男が、私の手続きが終わるのを待ちかねるように聲を掛けてきた。
「タクシーいらない?」
私は始めからタクシーを利用するつもりだったので、南駅まで、とお願いした。

 この日は中國に著いて2日目。タクシーに乘るのも、まだ2度目だ。上海のガイドブックにはタクシーについて「最近は故意に遠回りされたりすることも滅多にない」と書いてあったので、特に警戒もしていなかった。車中ではドライバーに問われるまま、ぺらぺらといろんな事を話した。日本人であることとか、上海は何十年ぶりだとか、一週間後に帰國することだとか。
 実を言うと、ホテルを出てすぐにメーターの數字が隠されていることに気づいてはいた。機械から吐き出されたレシートの紙が、前の客の何人か分、切り取られないまま長く垂れ下がりメーターの上に覆いかぶさっていて、數字が見えない。その事に少々引っかかるものを感じたものの、まさかわざとではないだろうと、特に指摘することもせず済ませていた。
 駅に到著して運賃を払う段になって、ドライバーはやっと暖簾を除けるようにレシートの紙を除け、金額を告げた。おや?と思った。前日、空港からホテルまで走った時間と支払った金額から比べて、ずいぶん割高のような気がしたからだ。でもそうは思っても中國でタクシーに乘るのはまだ2度目、自分の感覚、自分の距離感に絶対的な自信はない。躊躇はしたものの、何も聞かず言われるままの金額を支払った。(端數を負けてくれた!)ただ、一抹の不安が払拭しきれなかったので、そのまま私を送り出そうとするドライバーに対して、せめてもの保険と、レシートを要求して受け取っておいた。

 北京で、夫に相談してみた。たとえ正規料金でなかったとしても、そのこと自體はもう起きてしまったことで拘るつもりはなかった。問題は、5日後に帰國する際、同じホテルから空港へ向かうのに彼の車をまた使うことを約束してしまったことだ。迎えに來られてから麵と向かって斷わるのは、私にはできそうにない。どうしよう、と夫に相談すると、レシートに印刷されていた會社の番號に電話してくれた。事情を説明し一旦切った後、タクシー會社の社長から折り返し電話がかかってきた。やっぱり正規料金ではなかったらしい。夫は社長に対して長いこと、こんこんと穏やかに説教していた。タクシー代は郵送で返してくれることになった(本當に返ってきたかどうかは今のところ未確認)。これで迎えには來ないと思うよ、と夫が言うので、私はほっとした。レシートを貰っておいて本當によかった。(レシートに印字された距離が実際走った距離よりも長く、もしかしたら私が乘った時點よりずっと前からメーターが回っていたのかもしれない。)
 
 この後、一週間の間、何度もタクシーに乘ったけれど、車もドライバーもさまざまであった。塵ひとつ落ちてないぴかぴかの車內で物腰も話し方も紳士的なドライバー、政治の話を滔滔と語る評論家風、行き先を告げた途端近すぎるとぶつぶつ言う人、教養のありそうな人、なさそうな人。大抵のドライバーは世間話が好きだけれど、中にはぶすっとして必要以外のことは全然しゃべらない人もいた。烏鎮という田舎町で乘ったタクシーはとても小さな車で手足を縮めるようにして助手席に座った。薄い鉄板の床が、底が抜けそうで心もとない。埃だらけで、ぼろぼろの車。がくんがくんとつっかえながら自転車と競爭できそうな速度でのろのろと走った。

 帰國の前日、上海のホテルにチェックインしたとき、前に同じホテルに預けた荷物を受け取りに行った際顔見知りになった妙に愛想のいいドアボーイがいた。彼はタクシーから降りた私を認めるやいなや、さっと駆け寄ってきて、率先して荷物を持ち部屋まで運んでくれた。前回チェックインした時に玄関にいた別のドアボーイはドアを開け閉めするだけが自分の仕事だと心得ていたようで、私が荷物を持ってエレベーターの前に立っても知らん顔をしていたのに、今度のこのボーイは大違いである。にこにこと満麵の笑みを浮かべて付き添ってくれる。
 部屋に入ると、彼は丁寧に荷物を置き、あちこちの電気をぱちぱちとつけてまわった。そして一息置くとおもむろに、明日の空港までのタクシーは手配してあるのか、と聞いてきた。(前に顔見知りになったとき、いつ帰國するのか、という話をしてあった。)私はようやく合點がいった。
「フロントを通さなくてもいいの?」
と、聞くと、
「問題ない、問題ない。」
とのこと。まあ、問題あり、とは絶対に言わないだろうけれど。この時私はまだ明日のタクシーを予約していなかったので、ここでお願いすれば、確かに手間が省ける。しばし考え、頼むことにした。彼はサイドテーブルのメモにドライバーの名前と車のナンバーを書きとめ、私に差し出し、「じゃあ、明日**時に***が下で待ってるから。赤い車だよ。」と念を押す。私がチップを渡すと、彼はにこりともせず、それを素早くズボンのポケットに入れ帰って行った。
 次の日の朝、私はボーイに紹介されたタクシーに乘って、無事空港に到著した。後日、この時貰ったレシートをよく見てみると、そこに記載されていた會社名は、一週間前に割高な運賃を取られたタクシーと同じ會社名であった。

 さて、この話の教訓はというと、
“何かが怪しいというサインは必ずどこかにあるものだ。しかし、せっかくそれらを察知しても、その場で機敏に対処できる行動力がなくては何もならない。”


 
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閱讀 ()評論 (4)
評論
小春日和 回複 悄悄話 回複sasuke的評論:
うん、またあるかもしれない。それにまたあってもやっぱり同じように上手く対処できないような気がする。そもそも警戒心なく、こちらの情報をぺらぺら話したのがいけないんだけど。
でも「羹に懲りて膾を吹く」ようなことはしたくないし。

>でも、よく考えてみると、そういうことをしてどれだけ得したんだろ、失うものの方が多いような気がする。

そうなんだよね。明らかに怪しいような極端に高い金額だったら、こっちも絶対払わないから、結局ちょっと割高かなって程度の金額でしょ。後からばれて罰金を食らったら大損だし、信用も失う。でもやっぱり人間、目先の利益には弱いのかもしれない。
sasuke 回複 悄悄話 哈哈、一度あることは2度あるというが、きみのような気弱な日本人は3度以上あってもおかしくない。でも、よく考えてみると、そういうことをしてどれだけ得したんだろ、失うものの方が多いような気がする。
登錄後才可評論.