他に書きたいこともあるのに、旅行記がなかなか終わらない。まだ寫真がたくさん殘っているので、せめて寫真だけでもアップしておこうと思う。
鼓樓と鐘樓は時をつかさどる場所。ここも北京の中で私のお気に入りの場所である。特に鐘樓が好きだ。
「鼓樓」
たまたま太鼓の演奏が行われていた。一日に何度か、演奏されているようだ。
太鼓は全部で25張(はり)。ひとつが主太鼓で、あとの24張は、陰暦の24節気にちなんだものとなっている。24節気というのは、日本でもおなじみの例をあげると、春分夏至秋分冬至など季節の節目のこと。演奏していた太鼓はすべて複製品。當時の太鼓で殘されているのは、ぼろぼろのこれ1張のみだそうだ。
「鐘樓」
鼓樓と鐘樓は一直線に並んでいる。鐘樓の鐘の下から向こうに見えるのが鼓樓。
鼓樓も鐘樓もものすごく急で長い階段を登らなければならない。登るより下りる方が怖い。鼓樓を下りるとき、下から腰の曲がった小さなおばあさんが上ろうとしていた。その後ろからおじいさんが來て、「俺は上らないから。ここで待ってるよ。」と言う。チケット売り場の若い女の子が心配そうに覗きこみ、「下りる方が大変なのよ。昨日も怖くて下りれなくなった人がいたんだから。」と聲を掛けていた。老婆はその忠告が聞こえていたのかいなかったのか、何のためらいも見せずに、ただ黙々と登り始めた。
この付近には胡同めぐりの人力車がたくさん並んでいた。多すぎるほどの數。客引きもせずに、のんびり談笑している。こんなにたくさんいて、商売になるんだろうか、と不思議に思う。義妹に聞くと、會社に雇われてるんじゃないかな、と言う。
こいでいる姿を見て、あんまり大変そうじゃないなぁ、と思っていたら、後で気がついた。電動アシストなんだ。人力車も汗水たらしてこぐ時代じゃないってことだ。
そういえば、もう何十年も前、北京の道端で男がふたり、大きなシャベルを使って、汗水たらして大きな釜で甘栗を炒っていた。「あ~あ、金があったら自動で炒る機械を買えるのに。」と、ひとりが愚癡ると、もう片方が「そんな金があったら、もうこんな仕事しやしないさ。」と言い返してたっけ。はは。
この後ここから歩いて南鑼胡巷へ。
“南鑼鼓巷”は喫茶店やヨーグルト屋、アイスクリーム、小物、Tシャツなどちょっと変わったオシャレなお店が軒を並べている通りで、観光客も多く訪れるので相場が高いけれど、お土産を選んだりウィンドーショッピングするにはすごく楽しいお薦めの場所です。
…という文章を
去年の旅行記からコピーしてきた。去年より通りの様子がさらにこぎれいになったような気がする。義妹が、おしゃれにしすぎてもう胡同(路地、裏通りのこと)じゃないみたい、と情緒のない様子があまりお気にめさないようだった。地方から來た大學生の姪っ子を連れて來た時は、大喜びだったそうだけれど。
寫真だけのつもりが、長々と書いたので、またまた時間がなくなる。旅行記はまだ終わらない。