『忘れられた日本人』(岩波文庫)という本がある。民俗學者の宮本常一氏が昭和14年頃から日本各地を訪ね歩き、古老から農村の様々な暮らしぶりを聞き取りした內容が記されている。その中にこんな一節がある。
字を知らぬ人間はだまされやすかった。人のいうことは皆信じられた。平生ウソをつく者なら、「あれはウソツキだ」と信用しなくてもすむが、そのほかのことはウソでも本當と信じなければ生きて行けなかったものである。これはウソで、これは本當だと見分けのつくものではなかった。
人は疑えばきりがない。噓か真か、字を知る人間でも判斷しきれぬものである。
『あたしンち』(けらえいこ著)という漫畫の中で、中學生のユズヒコくんは小さな頃からよくお父さんに騙された。いずれもたわいもない冗談で、お父さんは単にからかっておもしろがってるだけなんだけど。
みかんちゃん(ユズヒコくんのお姉さん)がユズヒコくんに言う。
「ユズってすぐ信じるよね~」
ユズヒコくんは心の中でつぶやく。
「いいんだよ。ダマされまいとするほうがめんどくせーの!」
人を簡単に信用してはいけないという教訓よりも、「ウソでも本當と信じなければ生きて行けない」という言葉のほうが、私の胸にはすとんと落ちる。