長い夢を見た。
ずっしりと重いバックパックを背負い、カメラや貴重品の入ったショルダーバッグを肩から提げて、私は一人、旅に出た。アジアの見知らぬ町にいる。少數民族の住む町で、未舗裝の街道沿いに長屋のような住居が並んでいる。住居は壁も天井も白いキャンバス地の布で覆われていて、戸のない入り口だけが黑くぽっかりと穴を開けている。遠慮がちに入り口を覗くと、奧の暗がりに土間から一段高くしつらえた居室があって、畳が敷かれているのが見えた。
街道沿いでは、民族衣裝を身につけた老人や女性たちが黙って靜かにそれぞれの生活を営んでいる。歩いているうちに、私はふと不安になった。私一人が異邦人で、目立つ格好をしていて襲われる可能性がある。かつて一人旅でどんな街を歩いていても、自分が何者かに襲われるかもしれない不安など感じたことがなかったのに、と訝しく思いながらも、一度湧き上がった不安を抑えることができない。
ふと気が付くと、道の向こうに青い揃いのユニフォームを著た男が3,4人立っている。振り返ると後ろにも數人、同じ服を著た男たちがいる。私は怖くなって、町を出ようと早足で來た道を戻る。しかし民家も途切れ人通りもなくなった町の出口近くで、青いユニフォームの男たちに前後を囲まれてしまった。町に戻って民家に駆け込もうと思うが、重い荷物を背負って逃げ切ることは難しいのではないかと思う。本気で走って逃げるには荷物を捨てて身軽にならなければならないが、この期に及んで、大事な荷物を捨てたり奪われてしまうことがひどく惜しいし、悔しいと思う。私は荷物を背負い、バッグを抱えたまま民家のある方へと走った。すると、前方に、茶色のユニフォームを著た男たちが現れた。青いユニフォームの男たちと茶色のユニフォームの男たちは対立するグループで、茶の男たちが青の男たちを襲い始めた。機會に乘じて私は逃げる。耕したばかりの柔らかな土の上を走っていて、気が付くと、男たちはいつの間にかばらばらになって単獨でそれぞれ無辜の住民たちを追いかけ回している。民族衣裝を著た老人或いは女性が逃げそれを茶や青のユニフォームの男が追う様が、そこここで展開されていた。畑は踏みにじられていく。
私はとうとう一人の男に捕まった。男は10代後半らしく幼い顔をしていたので、私は彼を甘く見て、どこか二人きりになれるところでゆっくり話そう、と誘惑するように男の耳元にささやく。男は同意し、私たちは周囲の混亂から離れて路地に入った。荷物はいつの間にかなくなっていた。
路地に入るとすぐに住民に見咎められたので、私はあわてて建物の影に隠れた。私を連れた男はここの住人で彼らとは知り合いらしい。住民たちは「そこに女がいるんじゃないか?」と聞いたが、若い男は「妹だ。」と答え、別の若い女性が私の橫から住民たちの前に姿を現した。私はその隙に建物の中に入った。正麵のカウンターにいた年配の女性は私を捕まえた男の親族で、すでに何もかも承知の様子で、すばやく私を後ろのカーテンの中に押し込んだ。カーテンの內側は大きな二段の棚になっていて布団が仕舞われていた。私は上の段によじ登り布団の上に座り込んだ。時折カーテンが揺れて開き、外の人と目が合う。皆、私の存在に気付いても微笑んで見逃してくれる。この建物の中の人たちは皆女性か子供で、ここは幼稚園らしい。ここがとりあえず安全な場所であることに、私は安堵するのだった。
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重い荷物を抱えながら逃げずに立ち向かうべきものがあるのかもしれない。けれど、もし何も言わず、にこやかに暖かく迎え入れてくれる場所があるのなら、わざわざ重い荷物を抱えながら見知らぬ敵から自分を守る必要などあるのだろうか、とも思う。