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島津 亜矢の白虎隊 (圖)
(2008-10-14 20:46:54)
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島津 亜矢の白虎隊島田 磐也 作詩
古賀 政男 作曲
[江戶時代末年。1868年打倒德川幕府的倒幕勢力和維護幕府的舊幕府會津藩勢力之間發生戰爭。曆史上稱之為「戊辰戰爭」。舊幕府勢力在各地不斷戰敗,最後會津也成為了戰場。會津藩勢力盡全力抵抗。其中由16~17歲的少年組成的軍隊被稱為「白虎隊」。戰敗後退至飯盛山的「白虎隊」20名隊員站在飯盛山頂遠望被戰火包圍的鶴城,以為城池已破,君主陣亡。於是全體在飯盛山頂自盡。至今飯盛山周邊還流傳著關於「白虎隊」的武士道佳話。]
1.
戦雲暗く 陽は落ちて せんうんくらく ひはおちて
(日暮西垂戰雲晦) senunkuraku hihaochite
孤城に月の 影悲し こじょうにつきの かげかなし
(孤城殘月影悲哀) kojyounitsukino kagekanashi
誰が吹く笛か 識らねども たがふくふえか しらねども
(不知何處教吹笛) tagafukufueka shiranedomo
今宵名殘の 白虎隊 こよいなごりの びゃっこたい
(今宵惜別白虎隊) koyoinagorino byakkotai
2.
紅顔可憐の 少年が こうがんかれんの しょうねんが
(可憐少年紅顏劫) kougankarenno shounenga
死をもて守る この保塞 しをもてまもる このとりで
(誓言死守戍保塞) shiwomotemamoru konotoride
滝沢村の 血の雨に たきざわむらの ちのあめに
(血流成河瀧澤村) takizawamurano chinoameni
濡らす白刃も 白虎隊 ぬらすしらはも びゃっこたい
(血濡鋼刃白虎隊) nurasushirahamo byakkotai
(詩吟)
南鶴が城を望めば 砲煙あがる みなみつるがじょうのぞめば ほうえんあがる
(鶴城南望炮煙上) minamitsurugashounozomeba houenagaru
痛哭涙を飲んで且彷徨す つうこくなみだをのんで かつほうこうす
(痛哭飲淚且彷徨) tsuukokunamidawononde katsuhoukousu
宗社亡びぬ 我が事終わる そうしゃほろびぬ わがことおわる
(宗社亡兮我事畢) soushahorobinu wagakotoowaru
十有九士 腹屠って僵る じゅうゆうきゅうし はらほってたおる
(十有九人屠腹倒) jouyuukiuushi harahoutetaoru
3.
飯盛山の 山頂に いいもりやまの いただきに
(嶙峋嵯峨飯盛山) iimoriyamano itadakini
秋吹く風は 寒けれど あきふくかぜは さむけれど
(秋風蕭瑟寒意濃) akifukukazeha samukeredo
忠烈今も 香に殘す ちゅうれついまも かにのこす
(一夕忠烈千古事) chouretsuimamo kaninokosu
花も會津の 白虎隊 はなもあいづの びゃっこたい
(會津之花白虎隊) hanamoaizuno byakkotai
花も會津の 白虎隊 はなもあいづの びゃっこたい
(會津之花白虎隊) hanamoaizuno byakkotai