一番好きな作家は?と問われれば、サマセット・モームと答える。一般にモームは“通俗作家”と評されている。“通俗作家”がどんなものなのか正確には知らないが、語感としてはなんとなく“純文學”より格下に見られているんじゃないかと思う。でも、好きな作家を一人だけ挙げるとすれば、私は、漱石や芥川の名前でなくモームの名を挙げる。
モームは小説の真髄は物語性にあると確信し、ストーリーテリングの妙をもって麵白い作品を書き続けたが、その作品には、シニカルな人間観がある。(フリー百科事典『ウィキペディア』より。)
私が好きなのはおそらく、そのモームのシニカルな人間観で、人の輪の中に入っていかないでどこか遠くから人間を見つめているような孤獨と諦観が感じられる。
特に『中國の屏風』(訳者:小池滋、ちくま文庫)というエッセイ集(とも少し違う、小説の素材のようなもの)はいつ読んでも、さまざまな色をした美しい小さな寶石を愛でてうっとりするような感じを抱かされる珠玉の作品集である。これはたぶん、訳者の力に因るところも大きいと思う。日本語の描寫がとても美しい。
モームは小説は麵白くなくてはならないと考えていたようだが、私が好きなのはモームの作品の中でも、ストーリーのないエッセイであることを考えると、惹かれているのはストーリーの麵白さではなく、モームの人間観であると言えよう。
なのにモームは流行作家であり、“流行”である以上、時間の経過によってだんだんと読まれなくなっていくことをとても殘念に思う。