個人資料
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今昔

(2007-11-16 18:48:59) 下一個

  私の両親はずっと町工場を経営していた。工場へ入ると、機械ががしゃんがしゃん回る音、ベルトコンベアーがうぃんうぃんと動く音、ボイラーの中で火がごうごうと燃える音、流れる水の音、油と埃の匂いなど、いろんな音や匂いがした。今でも、どこか下町の工場のそばを通り、同じような音や匂いに觸れると、私はそれらを懐かしくまた愛おしく感じる。
  私が小學校に上がる頃まで、會社の新年會は工場內で催されていた。工場內のコンクリートの床にゴザを敷き、酒や食べ物が用意され、皆適當に車座になる。興に乘ってくると誰かがねじりはち巻きをして踴りだす。私はお年玉目當てに頃合を見計らって座に紛れ込み、愛嬌を振りまいた。そんな新年會も、いつの間にか料理屋の座敷で行われるようになり、景気が悪くなってからは新年會そのものが開かれなくなった。
   
母が話す昔話の中で、印象に殘る話が幾つかある。
   
若い従業員が作業中に指を切り落とすという事故があった。その従業員の父親が乘りこんできて、父に向かって出刃包丁を突きつけ、お前の指も切ってやる、と息巻いた。父はどっかと座って、ああ、切れるもんなら切ってみろ、と言ったそうだ。
   
それから、ある休日、工場の2軒隣にある長屋から一人の従業員があわてて我が家へ飛び込んできた。隣の部屋の様子がおかしいと言う。隣の部屋の住人も工場の従業員だったが、數週間前に妻が家を出て行き、本人と子供2人が暮らしていた。私の母が大きなお腹を抱えて(お腹の中にいたのは私の弟である)駆けつけると、父親と子供2人がげーげーと吐いていて、母は急いで救急車を呼んだのだという。子供二人に農薬を混ぜたジュースを飲ませ、無理心中を図ったらしい。幸い命に別狀はなかったそうだ。
   
駆け落ちの話もある。お互いに別々の家庭のある男女の従業員がある日二人とも、忽然と姿を見せなくなった。前々から、怪しい関係だと、うわさされていたらしい。家族も探したけれど行方知れずとなった。若い二人ではなく50に手が屆こうかという二人である。その話を昔話として聞いたのは、確か私が大學生くらいの年齢だったと思う。當時の私には、そんな年齢の男女が戀に落ちすべてを捨てて逃げるということがいったいどういうことなのか、なかなか腑に落ちなかった。
   
私にとってはテレビドラマを見るような、そんな出來事の數々は、両親の話によるとすべて70年代前半までのことだったようだ。

 それらのドラマの舞台となった古い工場の跡地には、今、5階建ての介護付き高齢者用住宅が建ち、オープンの日を粛々と待っている。

 

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